不振を脱した武豊 彼はなぜ3年間勝てなかったのか?原因は社台とアドマイヤにあり!


take-1昨年、キズナと共にダービー制覇、
さらには凱旋門賞への挑戦など華々
しい活躍で注目を集めた武豊。
そんな彼も2010年からの3年間は大
不振に陥るなど苦労の時期を過ごし
てきました。今回はその辺りについ
て詳しくお伝えしていきます。

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プロフィール

武 豊 (たけ ゆたか)

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【生年月日】
1969年3月15日
【出身地】
京都府京都市伏見区淀
【身長】
170.5cm
【体重】
51kg
【血液型】
O型
【所属】
1987年-1991年 栗東・武田作十郎厩舎

1992年- フリー

【通算勝利】

18194戦3600勝

【重賞勝利】

399勝

中央競馬291勝
地方競馬88勝
日本国外20勝

【G1級勝利】

101勝

中央競馬68勝
地方競馬26勝
日本国外7勝

落馬事故からのスランプ

1987年のデビュー以降、毎年のように全国リーディングを獲得し続け、
様々な記録を塗り替えてきた競馬界を代表するトップジョッキー・武豊。

昨年は、キズナとのコンビで通算5度目のダービー制覇に、凱旋門賞への
挑戦など華々しい活躍で注目を集めました。

しかし、そんな彼も2010年に起きた落馬事故をきっかけに信じられない
ようなスランプに陥っていた時期があり、毎年のように100勝以上記録
していた勝ち星もその年を境に69勝64勝56勝と右肩下がりで苦労
の3年間を過ごしてきました。

落馬事故で復帰に1年かかると言われていたところ、無理をして4カ月で復
帰したことが騎乗に影響をもたらしたということがスランプの原因とし
て挙げられますが、これ以外にも武豊が勝てなくなった理由はあり、そ
の中でも「エージェント制度」「大手クラブや有力馬主の発言力」
が大きく関係していました。

エージェント制度と大手クラブ、有力馬主の発言力

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近年の競馬には「エージェント制度」というものが取り入れられてい
るのですが、簡単に説明すると、エージェントとは、騎乗依頼仲介者
(きじょういらいちゅうかいしゃ)といい、「調教師から騎手に対する
騎乗依頼を仲介する者」として日本中央競馬会 (JRA) に届けを提出して
いる人達のことを指します。

このエージェントは主に競馬新聞の記者やスポーツ新聞の競馬担当記者
といった競馬マスコミに関係することで厩舎に出入りし、また騎手とも
接点を持っている人物が大半を占めています。

メリットとして、昔は騎手自身が各厩舎に周り騎乗依頼を行っていまし
たが、このような手間を省くのと、調教師や馬主などのしがらみを気に
することなく騎乗馬を選択出来るという点が挙げられます。

しかし、強い馬を多く輩出する馬主や、それを手掛ける調教師に食い込
んでいるエージェントの元には、より強い馬の騎乗依頼が数多く届く傾
向にあるため、武豊のように腕が落ちていないにも関わらず、なかなか
強い馬が回ってこないこともあり、それが成績悪化の一つになっていた
とも言われていました。

逆に、エージェントの力が強ければ、たとえ腕が劣る騎手でもいい馬
に乗れることでリーディング上位に名を連ねる事が出来る状況になって
いるということでもあります。

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そして、もう一つの「大手クラブと有力馬主の発言力」について。

近年は大手クラブや有力馬主の発言力が増した事から、調教内容やレー
スでの騎乗についてまでも口を出してくる傾向にあるようです。

言うことを聞く調教師、言うことを聞く騎手に事細かに指示を出し、目
先の勝利の為に簡単に外国人ジョッキーに乗り替わらせる。

そんな大手クラブ、有力馬主が中心になってしまった競馬界において、
武豊が大手クラブの代表格である社台グループ、さらにはアドマイヤの
近藤利一といった有名大馬主に干されてしまったことも原因とされてい
ます。

2007年4月、クイーンエリザベスII世杯(GI)で3着だったアドマイヤ
ムーンに騎乗した武豊は馬主から「お前、乗れないな」と言われ、騎乗
に関しても不満をぶつけられ激怒したそうです。

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その馬主というのが近藤利一、生産者はノーザンファーム(社台系)だ
ったのですが、その近藤に対して武は「もう二度と(その馬主の馬に
は)乗らない」と発言したとのこと。

この一件から武と近藤は絶縁状態に。

さらに落馬事故からの復帰後、ヴィクトワールピサでの凱旋門賞、ダン
スファンタジアでの阪神ジュベナイルフィリーズ、ローズキングダム
の天皇賞・春と社台系のグループが所有する有力馬でことごとくミスを
連発したことから信頼度が急落。

「かかる馬に武は乗せるな」といった結論が出され、以前まで位置付け
されていた騎乗依頼の1位グループから3位グループにまで格下げされたよ
うです。

このような色々な要因が重なった結果、長いスランプに苦しめられる事
になったのですが、怪我の具合が良くなってからは徐々に調子を取り戻
し、2012年のマイルチャンピオンシップで2年ぶりのG1制覇。

さらに、翌2013年にはキズナとのコンビでダービー制覇するなど見事、
完全復活を果たしました。

以前の輝きを取り戻した武豊の今後の活躍に期待ですね。

※(当ブログに掲載する情報・見解はあくまでも一説であり、その真偽を確定するものではありません。)

以上【不振を脱した武豊 彼はなぜ3年間勝てなかったのか?原因は社台とアドマイヤにあり!】についてお伝えしました!

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